monaka-life’s blog

虚弱体質なママの、子育て波瀾万丈ブログです!

乳癌

乳癌

初めての就職先で知り合った、私より3つ年上の方が亡くなってしまいました。47歳でした。

同じ職場で仲良くしていたし、大勢で海水浴、バーベキュー、テニス旅行、バレーボール、バドミントン等沢山遊びに出かけたり、その方とは一緒に女3

人で旅行へ行ったり、お家に泊まらせてもらったこともありました。

お互いに結婚して退職してからは年賀状のみとなっていましたが、その連絡を受けた時、とてもショックを受けました。

結婚後すぐに羅漢し、10年以上を生きてからの再発でした。

お子様たちは高校生でした。

乳癌検診

私は毎年夫の会社で入っている健康保険組合の健康診断家族検診を受けています。

その中に乳癌検診のエコー検査があります。

令和元年6月15日、初めて問題なしではなく、嚢胞の疑いという結果でした。ネットで調べてみたらあまり問題はなさそうで、一年後の経過観察だったの

で、そのまま気にもしませんでした。

一年半後の令和2年12月24日、今度は左側腫瘤の疑いに変わりました。今度は経過観察ではなく、要精密検査とありました。この結果の出る10月ごろ、

乳首からおっぱいの様な白い液が出ていたので心配でしたが、癌だと血液が出ることが多いようなので、大丈夫かなという気持ちでした。

乳腺外科受診

年末年始が過ぎ令和3年2月5日、一つ目の病院へ、健康診断の結果を持って受診しました。

技師の方がエコーを撮り、先生の触診を受けた結果、残念ながら何もない。このことはもうこれで終わり。健康診断の結果で受診しても、なんにもなかっ

たってこと多いんだよね、と先生。耳を疑ってしまうほど高圧的でひどい言葉に怒りを感じました。自分で触ってみて感じるとても小さなコリコリは、な

んでもないのかな?もう終わりと言われたら言いにくく、大丈夫なんだと思うことにしました。

家族にも、癌じゃなかったよ!と報告し、よかったと言うことでひとまず安心。

この頃同時に、線虫検査という物を夫がネットで取り寄せて受けました。癌の尿に集まってくる線虫を使った検査で、ひとり一万円です。

結果は夫よりも数値が高く、危険度は高いけど癌と言う結果ではありませんでした。

癌じゃなくて良かったけれど、しこりが気になります。


受診から3ヶ月が過ぎた5月、お風呂の中で久しぶりにチェックをしたら、しこりがとても大きくなっていて、これはやばいと思い、すぐに別の病院へ予約

して、20日に受診しました。その日にマンモとエコーを受けました。エコーは先生が直接やってくれ、癌ではないと思う、良性の腫瘍だと思うとのことで

した。大丈夫だと思うけど、一応針でとって調べましょうと言うことになり、予約を入れて帰宅。

当日、細い針ではなく、最初から太い針でとお願いしてやってもらいました。一週間後、結果を聞きに行くと、細胞が取れていなく、結果が出なかったと

のことでした。そこで先生は、悪い物ではなさそうなので様子を見るか、と話始めたので、自分から腫瘍を取り出して調べてくださいと頼み、6月15日に

腫瘍摘出手術を受けることになりました。

腫瘍摘出手術

癌か癌ではないかを調べるための手術。

一泊二日で退院できる。

この時点では癌と決まっていないので、腫瘍を取り出すことが目的です。なので、腫瘍の周りを多く取ったり、リンパの転移を調べたりはありません。

当日朝入院し、10時に開始。初めての手術はとても怖かったけれど、麻酔がまずくて息が詰まってヤダって思ったら、気がついた時には終了し、病室の

ベットの上でした。

目が覚めたらとても寒く、体が震えるほどでしたが、電気毛布で温めてもらいました。

結果は二週間後の29日。

傷を見てもらうのと、結果を聞きに一人で行きました。

癌ではないと思う、乳腺症とか、そんなふうに毎回言っていた先生が、癌だったんですねと。

この時、まだ詳しい結果が出揃っていなく、全摘すればほぼ100%に近いくらい治ると言っていたんです。なので、なら切ってくださいと言いました。

もう歳だし、子供も大きいしと。46歳です。

先生は初期の癌で全摘はやりすぎと思うようでした。

この結果を聞いた後、整形外科のリハビリを受けに行き、みんなに、乳癌だったと報告しました。

全摘すると泣かずに。そして帰宅後親にも報告。明るく泣かずに、もう胸は使わないしって。母は、サバサバしてるから大丈夫だって言っていました。

家族にも報告。

翌日の朝、悲しみと現実感がどっと押し寄せてきて、その日は沢山泣きました。胸がなくなるのは嫌だって。でも、その後は胸がなくなることよりも、こ

れからの人生どうなっていくの?苦しみもがき続けながら生きていたくない、生まれてこなければ良かったと。毎日頭がパンパンで、目が覚めるたびに現

実なんだと思い知らされる。

手術までの二週間の間に先生に呼ばれ、喘息で造影剤を使用したMRI検査を受けられず、癌の広がりを確認できないから、部分切除でまだ残っているよう

なら全摘と、2回も受けることになるかもと言われていましたが、PETという機械なら、癌の広がりと転移を確認できると言われ、それを受けることにしま

した。

高濃度の放射線を被曝するけれど、害が出るほどではないらしいです。保険が効いて、4万円以上でした。

昨日、7月4日に検査を受け、結果は8日に出ます。

ここで、部分切除か全摘か決断します。私の中では全摘希望です。

現在、ホルモン剤が効かない癌だということがわかっていますが、HER2が陽性かどうかはわかっていません。もしかしたらトリプルネガティブの可能性が

あると思うと、絶望的に思えます。

クヨクヨしていても、悩んでも悲しんでも泣いても、どうにもならない。返って抵抗力落ちて、癌の増殖を助けているかもしれない。

手術頑張って胸なくして終わりではない。ここからが辛く大変な人生の始まりになる。

5年、10年生きられれば言い訳ではない。死ぬことよりも、激痛、苦しみに耐えても希望がないのなら、殺して欲しい。

癌が完治なんてあるのかな?46歳で癌になって、寿命まで40年くらい生きてる人なんているのかな?

まずは12日の手術を乗り切ること。

仕事は今月いっぱいで退社です。もう行くことはないけれど。